Vol.52 2011.08.11
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/

「ひたむきに進むこと、学ぶこと、いつか来る未来を信じて心から楽しむこと」/前編

株式会社みつわポンプ 代表取締役社長 小林 幹生

 一度知った挫折が折れない心と常に前を向く大切さを教えてくれた。事業と商品に惚れこむことが誇りと自信を与えてくれた。そしてひたむきさと謙虚さに導かれた試行錯誤の積み重ねが今、光彩を放つ。今回は揺るがぬ強さと本物の優しさが伝わるプライスレスメッセージ。その前編です。

独自の技術を持つ設備用ポンプメーカー

−まず最初に御社について簡単にご説明いただけますか。

 5年前に当社は50周年を迎えまして、その時にまとめたものがあります。それをもとにご説明したいと思います。 まず社名の「みつわ」の三つの輪というのは創業当初は、いわゆる人、モノ、金の3つを表していました。どれだけいい人がいてどれだけいいモノを作るのか、それにはやっぱり金が必要だということですね(笑)。
 それを私の代になって、メーカーと販売会社とユーザー、それぞれの輪がうまく結びついて和になるという風に変えたんです。特に大事なのは両端のメーカーとユーザーですね。これが真ん中でしっかりとつながってないといけないわけです。販売店さんに販売を全て任せて、ユーザーとの関係が切れてしまうというのではなくて、メーカーは常にユーザーとつながっているということが大事だということですね。
 最初は土木用のポンプから始まりまして、その後が農業用ですね。それから15年ほど前になりますが、設備用のポンプ、その中でも環境用関連のものにある程度ターゲットを絞って現在に至っています。将来はどうなるかわかりませんが(笑)、こうした形でここまできているということですね。

教員だった父親が創業、土木用ポンプからスタート

−創業者はどなたになるのですか。

 私の親父が創業者なんですが、もともと師範学校を出て教員をやっていまして、35歳の時に小学校の校長になって41歳の時にやめまして、起業したんです。

−当時としては少し変わったご経歴ですね。

 はい。今でこそ、ベンチャーという言葉がありますが、親父は明治生まれですからね。だいぶ友達や周囲の人間からは、「もったいないから、考え直せ」みたいに言われたそうです(笑)。
 教員をやめてから鋳物屋さんに修行に行って、44歳でこの会社を起こしたということです。ちなみに私の母も教員でして、開業して最初の頃は、母が家計を支えていたということです(笑)。その後、母が55歳のころに会社が忙しくなってきて、それから夫婦で会社の方に専念することになったようです。

オート三輪で出荷 展示会での実績

−最初は土木用ポンプだということですが。

 土を掘ると水が出てたまる。そうすると工事が進みませんから、それを排水するためのポンプですね。昭和31年ごろですね。土木用ですから、オート三輪で現場に運んだりしたわけですね。展示会などでは、ドラム缶に水を入れて、実際に動かして見せていたようです。
 そのうち土木関係では大手から電気で動く簡単な水中ポンプが出てきましてこれが急速に広まっていったんです。その結果、土木関係はダメになってしまって、これからどうするか、何ができるんだということになりまして、農業はどうかということで、次に農業方面にシフトしていったわけです。
 当時は、農業関係は国内ではなかなか出なくて海外が中心でした。一方、三重県の農協さんの展示会にはよく出させてもらっていたようです。当時農協さんは非常に力があって、クボタさんとかヤンマーさんとかいった農業関連の企業が競って展示会に出ているという状況でした。

−海外ですか?

 JICAなどのODA関連でアフガニスタン、カンボジア、ラオス、ベトナム、ミャンマー、フィジーなど年間1000台以上出していましたね。当時はまだまだ市場があったわけです。
 スリランカなどからは研修生も来ていましたし、研修生以外にも海外からたくさんの人が商用で来社していましたね。

展示会風景 運転中のポンプ
  

−しかしこれも徐々に衰退してくるわけですね。

 はい。極端にいえば農業用ですから畑や田んぼに水が入ればいいわけですね。 そうすると性能や効率というよりも、だんだんと値段だけの問題になってくるわけです。結局安ければいい、水が出ればいいということになってきたんです。
 そうしたこともあってうちは農業用から撤退したわけですが、その時に撤退しなかったメーカーで、今はもう会社自体がないところが何社もあります。

−それはいつ頃のお話ですか。

 もう15年から20年ほど前のことですね。値段だけの競争になるからもう農業用はだめだと見切りをつけて、そのあたりからボツボツと設備関連への進出を考え始めたんです。

設備用ポンプへとシフト、独自のポンプを開発

−具体的にはどのようなことをされたのですか。

 一言で設備といっても非常に範囲が広いですから、その中でどのポンプをやればいいのかということでいろいろと試行錯誤を重ねまして、そのうちに、泥水ですね、例えばセラミック原料は、ガラスの原料もそうですけれど石を砕いたものですが、セラミック製品を作る工程で泥水が出るわけです。そうした泥水のポンプを作るメーカーが当時は少ないということもあって、これはいいんじゃないかと、そのあたりに的を絞りまして設備用のポンプを作り始めたわけです。
 当時は、大手セラミック関連の日本ガイシさんも、INAXさんも2,3カ月すると金属のポンプでは擦り減ってしまっていたんです。 ちなみに当時、世界でトップのオーストラリアのメーカーの製品はゴムで1年以上持つということしたね。

−それだけ摩耗するということですか。

 そうですね。例えば自転車のタイヤが金属だったらすぐ擦り減ってしまいますよね。あれはゴムだから摩耗が少ないわけですね。それと同じですね。
 うちはそれだったら、世界のトップメーカーのものと違ったものをつくれということで自吸式のゴムを使った独自のポンプ、ラバーセルポンプを作りだしたわけです。

−どのあたりに特色があったんですか

 実はそれまでのポンプはよく漏れたんです。液漏れが起きるんですね。これを防ぐためにダブルメカニカルシール、二重にシールを施しました。ゴムで液漏れを防いで、さらにバキューム機能のある自吸式ですから、注水も不要で余分な廃液も出さないんです。しかもコストも安い。最終的には日本ガイシさん、INAXさん、松下電器さんの北京工場やイビデンさんの大垣工場、などの耐摩耗製品が出ていくようになりました。

設備用ポンプ

−ポンプには非自吸式というのもあるんですよね。

 市場規模が全然違います。非自吸式の方が圧倒的です。それに対してうちが選んだ自吸式はいわゆるニッチ、市場は小さいけれどもよそのメーカーさんがあまりやっていないというものでした。

−他にはどんなものがあるのですか

 いろいろやりましたが、主なものとしては下水ですね。これは厚生労働省の関連です。ちなみに経済産業省関連では上水、工業用水などをやっていましたから、そうすると次に農水省関連でも何かやらなければいけないと思って始めたのが、農業集落排水ですね。これは実際には地域環境資源センター(JARUS)がやっている事業です。ローカルな2000~3000戸程度の家庭から流れ出す生活排水、雑排水を一か所に集めてクリーンにして川や海に流す。一時琵琶湖や浜名湖が汚れて大問題になりましたね。あの頃にはじめられた事業です。

−これはどういう特徴があるポンプなんですか。

 従来のポンプだとかき出すためのインペラー、羽根の部分でどうしても引っかかって詰まってしまっていたんです。そこでこれは特許をとりましたが、特殊なインペラーを開発して詰まらなくしたわけです。それまでは全国の自治体が約1週間に一度分解して掃除していたわけですが、その手間も費用もなくなるということで、これは非常にインパクトがありましたね。
 現在、JARUSの認定品として北海道から沖縄までだいたい230ほどの自治体で使っていただいています。半分は農水省から予算が出るんですが、残り半分は自治体から出ています。最近では地方財政が厳しくて、少し減っているのが現状です。ただし、これは必要なものですからいずれは復活してくるのではないかとみています。
 それから同じようなものとして産業廃物関係ですね。特に塩濃度についてのものですね。これは海外でも非常に関心の強いところです。 水にはクリーンウォーター、きれいな水とケミカルウォーター、いわゆる化学溶液ですね。それから泥状のスラリーがあって、さらに最近脚光を浴びているのがシーウォーター、海水ですね。塩分濃度の高いところ、だいたい海の水というのは塩分濃度が4%くらいなんですが、それを超えると金属が持たない。
 ゴムが一番持つんですね。これは自治体などの高塩濃度の産業廃棄物処理場などに使っていただいています。
 大型のゴムのポンプも作りました。これは当時の中小企業事業団から補助金をいただいて、私どもも半分負担して約1億円かけて開発したものです。
 ところがやはり大型のポンプですから、数が出ないんですね。しかも大型で加工する機械がないから外注にだすということで原価が高くなるんです。これではなかなか商売にならないですね。今のところこれは宝の持ち腐れという状態です(笑)。

詰まり状況 自吸式無閉鎖インペラー

−やっぱり小型のものが主流なのですか。

 はい、どちらかといえば全体的にはそうなりますね。狭いところでも使えますし、やっぱりコスト的にも安いですからね。

人に教わり、顧客に育てられたブランド力

−環境関連のポンプとしてはかなり認知されてきているということですね。

 10何年前に私が設備用ポンプを始めたころは、まったくブランド力がなかったから、なかなか相手にしてもらえませんでしたが、やっとここまで、ブランド力がついてきたという感じですね。
 正確にはここ5年くらいで急激にブランド力が上がってきたという感じです。やはり世間で環境問題が注目されるようになってからですね。土壌汚染だとかCO2の問題とかここ5年くらいですからね。

−御社は建設用から農業さらには環境向けのものへとシフトしてきたわけですが、当時、設備環境というものがここまでになるとはだれもが想像していなかったと思います。何か転換への具体的な出来事があったのですか。

 当時、ある大会社のトップの方に非常にかわいがってもらっていまして、これからどうするか悩んで、その人のところに相談に行ったのです。ところが何も教えてくれない。「どうしたらいいでしょうか」と聞いても何も言ってくれないんですね。1時間くらい何も言ってくれなくて、そのうち外を見ると雨が降ってきたんです。南の方向が明るかったので何気なく「明日は晴れますかね」と言ったら、その人が「天気でも事業でも曇りや雨の所ばかりではない。どこか晴れているところが必ずある。走っていってそこを見つけろと。見つけたら下を向いて努めて働けと」そう言われたんです。言われた当時は何の事だかよくわかりませんでしたね。帰りの電車の中でも、何を言っているんだろうなと(笑)。
 そうしたらやがてそれから世間でも「環境、環境」とボツボツといわれるようになって、その時になってやっとこのことを言っていたんだな、示唆してくれていたんだというがわかりまして、改めて環境関連に絞ったということがありました。
 後はお客さんに育てていただいた。中でもこの頃は一番INAXさんにはお世話になりましたね。もともとは、ある時うちが出ていた展示会にINAXさんの工場長が見えて、台風が来ると工場が浸水して、操業がストップして困っている。浸水した時にポンプで排水できるんだったらいいんじゃないのということで、土木用のポンプで最初、INAXさんとお取り引きをいただいたんです。
 そうこうしているうちに原料としてはこんなものを使っている、設備としてはこんなものがあるというのを実際に見せてもらいながらいろいろと勉強させていただいた。歴代の担当者は本当にいい方ばかりでポンプを作る指導をしてくれたり、テストをさせてくれたりしました。それにこたえようとこちらも一生懸命やっているのがわかってくれたんでしょうね。本当に育ててもらいましたね。そういう意味では、運が良かったのでしょうね。

−技術的には環境用のポンプにシフトしていくというのはやはり大変だったのですか。

 実はそうでもないんですよ(笑)。ターゲットが次から次へと変わるわけではなくて、いうなれば製品の仕向地が変わるだけなんです。例えばINAXさんや日本ガイシさんではセラミック原料、焼き物の原料として泥状のものを送っていると。一方、産業廃棄物処場環のポンプでも泥水をきれいな水にして流すわけですから、どこかで技術的にもつながっているわけですね。応用が利くわけです。まったく知らない、違うところに飛び込むのではなくて、技術や製品でつながっている。これはわれわれにとってはありがたかったですね。

セラミック原料移送ポンプ
 

−一つのところでやってきたことが無駄にならないといことですね。

 そのとおりですね。例えばゴムのポンプは塩酸、硫酸などにも耐性があるんですね。これは本当に知らずにやっていたんですよ(笑)。ところがいろいろと調べてみると大手さんもケミカルプロダクトで出しているのがわかって、改めてゴムの特性に着目していろいろやってみたりということがありましたね。
 技術的なつながりなども考慮して、現在のわれわれの方針としては、きれいな水、クリーンウオーターには手を出さないと。塩酸、硫酸などのケミカルウォーターとスラリー、泥ですね、それと海水。この3つに合う組み合わせでポンプを作ろうということです。3つの市場に対応して製品を作っていこうと考えています。

悩んだことが製品への愛着につながる

−社長は2代目だと伺いました。最初から後を継ぐというお考えがあったのですか。

 そうですね。小学校の頃から家の仕事は手伝っていましたね。例えば外注さんから、出来た品物をうちに持ってくる。当時はリヤカーですから、リヤカーを押すのを手伝ったりしましたね。 それから昭和34年、確か小学校の6年生の時でしたが、伊勢湾台風がきまして、このあたりは大変な被害が出た。役所の駐車場の車がみんな水の中に沈んでいるのを見て、子供心にもすぐにでもポンプを作って早く出してあげなければいけないと強く感じました。小さい時にそんな経験もしましたから、知らず知らずのうちにすっと自然に入っていった。そんな感じでしたね。
 とはいっても、会社に入った頃は本当に小さな規模でやっていたわけですから、将来を考えて「このままではいかん。何とかしなければ」とずいぶん焦りましたね。よそのポンプメーカーさんがどんどん設備投資をして大きくなっていくのを横目で見ながらどうしようかと。昼間は工場で働いて、夜、食事をした後、相談する友達もいなくて、よく一人で川縁に寝転んで星を見ながらどうしたらいいのかいろいろ考えました。本当にずいぶん焦って悩みました。

−いろいろ考えて結論みたいなものは出たのですか。

 実際にはなかなか出ないですよね(笑)。ただとにかく何かで強くなってやろうとは思いまして、その時の気持ちが今の製品への愛着につながっているのではないでしょうか。その後は吹っ切れて、自分が愛着を抱いた製品はどういったマーケットにニーズがあるのか、今後どういった風に改良していけばいいのか、毎日が試行錯誤の連続でしたね。そういったことが積み重なって今につながっているわけです。それがうちでしかできないこと、よそとの違いも生み出していると思います。

−2代目として苦労されたことはありましたか

 世間で言われるような2代目ならではの圧迫感というのはまったくなかったですね。むしろ親父がこういうなら自分はこうしてやろうという感じでした。

時間をかけて親密な販売網を全国に確立

−販売についてお聞きします。お客さんは大手企業の他には自治体ですか。

 役所関係はまだ少ないですね。全体の2割ほどです。そして8割ほどが一部上場企業様です。

−販売はもともと商社さんにお願いしていたわけですか

 もともとは東海地区だけですが、土木関係の商社さんにお願いしていました。自分のところではつくるだけですね。

−それを設備用ポンプにシフトされてから全国に広げていったわけですね。

 はい。客さんになるような会社は北海道から沖縄まで全国でたくさんあるわけですから、うちのブランドも全国規模で広めようと考えたわけです。ただ、それをどうやってやるかですよね。いろいろ考えて悩んだ末に、先ほどでましたODAの関係の仕事をやっていた時に間に入っていろいろお世話になった三井物産、丸紅などの商社に相談に行ったんです。
 当時の私と同じ年代だった担当者が、結構いい年になって偉くもなっていまして、「どうしたらいい?」と相談したら、「やっぱり一人でやるのは無理だよと。みつわさんの商品をちゃんと売ってくれる、販売店、代理店をきちんと整備したらどうか」とアドバイスをもらったんです。それから代理店網の確立に力を入れることにしたんです。

−中小企業がブランドを浸透させていくのは大変ですよね

 はい、中小メーカーというのはブランド力もさることながら、信用力がない。どれだけいい商品だと言っても、まず日本の大会社は相手にしてくれないですね。大企業では新しいものを採用しようとして、それが失敗したら、個人の責任になる。そういうところが多いですからね。
 そういう面では環境関連に特化することを決めてからの最初の5年間ほどは,本当に苦労しましたね。例えば九州の会社にカタログを送ったら,三重県の企業はちょっと知らんな」と(笑)、それから「忙しいから話なんて聞けない」とそんなのばっかりですよ(笑)。そんなことがしばらく続きましたね。

−そうした中では販売店網を作り上げるのも一苦労ですね。

 そうですね。設備関連、環境関連で伸びていくためにはどうしても、販売店網が必要だったんですが、苦労はしました。例えばポンプというのは右から左にどんどん流すような商品ではないので、代理店もやみくもにただ増やしていくのではだめで、相当な親密関係を築きながら増やしていく必要があるわけです。
 ある程度の販売店網が出来てからも、最初のうちは苦労しました。代理店さんにユーザーさんのところに連れて行ってもらってもブランド力がないからなかなか仕事には?がらないということが続きました。そのあとも時間をかけて販売網の整備とブランド力の構築を続けてきて、やっといまでは全国のお得意さんから、引き合いをいただけるようになりました。

−これは確かに時間はかかりますよね。

 そうですね。汎用品だったらもっと簡単に販売網を築けるかもしれませんが、親密関係がないと崩れる時には一気に崩れてしまう。

−普段からのお付き合いが大事ですね。

 そうですね。代理店さんと一緒に大事なユーザーさんのところにお邪魔するわけですね。九州、倉敷、大阪とわれわれだけではユーザーさんの工場に入るだけでも大変ですが、代理店さんは既にそこで商売していますから、それに便乗する形で工場に入ってお客さんの話を聞いて、それを商品の改良、開発に生かすわけです。本当に代理店さんの力は大きいですよね。ですからわれわれも例えば代理店の数をやたらと増やすことで、代理店さん同士の競争が発生して、結果値段が下がるようなことがないように気を付けています。これでは代理店さんにもうちにもメリットがないですからね。ちなみに代理店は。正式には現在全国で5社あります。

新しい市場への挑戦

−ブランド力がつくと改めて、みつわポンプさんとして展示会なりに出展する機会も増えてくるわけですね。

 トヨタさんをはじめ、一部上場の会社で相当使っていただいていることもあって、おかげさまで国内ではだいぶ知られてきましたし、日本の大企業さんはどんどん海外に出ていっていますから、うちも海外でどのように見られているのか、一度それを確認しようということで先日シンガポールで開かれた「水エキスポ」SIWWという展示会に出展したんです

−実際に出てみてどのような感じでしたか。

 そうですね。海外の人は白か黒かがはっきりしていますね。3日間で大体150枚くらいの名刺を交換して、持っていった250部のカタログは全部はけました。それだけ関心があるということですよね。こうしたことは実際に行ってみないとわからないですよね。日本からは水処理膜関連の大手企業、東洋紡さんとか、旭化成さん、東レさんなどが出ていましたし、これからはビジネスとして安全な水というのはあると感じましたね。
 それとここでも私は英語がよくわからないので(笑)、代理店さんが間には入ってくれたんですね。これも代理店さんとの信頼関係、付き合いですよね。

−海外展開ということではいかがですか。

 今のところは日本から出る会社についていっているだけですが、将来は現地生産という問題が出てくるかもしれないですね。その時にどう対応するかです。ただ考え方としてはまだまだ国内で市場を制しているとはいえない。市場の1割にも達していない状況ですから、日本でやれることはたくさんあると考えています。ですから国内をしっかり固めて余力があれば海外へということになると思います。
 さっき農業用ポンプは値段だけだという話をしましたが、東南アジアなどでは設備用ポンプも値段だけで決まります。これだと危険ですよね。



☆★☆★ ☆★☆★ 後編につづく ☆★☆★ ☆★☆★