Vol.42 2010.10.12
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/

「人類を救う塩・ぬちまーすが、いつか世界中に広がることを夢見る」/前編

株式会社ぬちまーす 代表取締役 高安 正勝

  人類と世界を救う新しい塩を作り出す。その時の確信が今現実になろうとしている。それでもまだ遙かだという高みを目指す夢の行方はどこなのだろうか。今回は論理と直感、そして優しさに彩られた経営者でもある発明家からのプライスレスメッセージ。その前編です。

命の塩・ぬちまーす

−「ぬちまーす」と名付けた全く新しい塩を作られているということですが、今までのものとはどう違うのかも含めて事業を簡単にご説明いただけますか。

 もともと海の中にはたくさんのミネラルがあるのですが、今までは海の中から塩化ナトリウムだけを取って、それを塩と言っていたんです。それに対してうちが作っている「ぬちまーす」は、海の中から水だけを取り除きますから、海にあるものが全部入っているわけです。
 生命というのは、次の命を生み出すために羊水というものを作り出すわけですね。実はこの羊水には海にあるものが全部入っているわけです。最初の生命は卵を海の中に産んで、その卵は海のミネラルをすべて利用して孵化したわけです。
 僕たち哺乳類は陸に上がってしまい海に卵を産めなくなりましたから、かわりに、体の中に海を作ったわけです。この海が羊水ですね。だから羊水には海と同じミネラルがなくてはならない。そうしないとうまく分割していかないわけですね。
 うちは簡単に言うと「ぬちまーす」という羊水をつくりだすことのできる塩を作っています。ちなみに「ぬちまーす」というのは沖縄の言葉で「命の塩」という意味になります。

−羊水を作り出す塩ですか。

 ええ、命の源である羊水を大切にするというコンセプトでぬちまーすは、製品を作り出しているということですね。
 赤ちゃんが健康に産まれて、健康に育っていくことを会社として望んでいるわけですから、社員に対しても、子供が1番で仕事は2番でもいいということで、子供のためだったらそちらを優先して仕事を休んでいいということになっています。
 普通は子供のためでも仕事を休んだりすると、肩身の狭い思いをしたりすることも多いと思いますが、うちではそういうことは一切ないですね。
 例えば、産休中の8年目の女性がいますが、実はこの女性は8年間のうちに5年間休んでいる。こうしたことを女性の当たり前のことして認めているということです。権利以前の当たり前のことだという考えですね。
 うちは、経営ということを何も知らない僕が作った会社ですから(笑)、 当たり前のことを当たり前にやっていればいいんじゃないのということなんです。それに会社の理念として、普段から口にしていることとやっていることが違うのでは、まったくおかしいですからね。世間から白い目で見られかねないですよね(笑)。
 そうすると自然とそういう理屈が通っていくわけです。それだけのことですよね。ポリシーが決まっていれば、それから派生することは、それに従って処理していけばいいということですね。

人類に不可欠なミネラル_

−ミネラルということでは、赤ちゃんだけではなく、子供も大人もお年寄りもすべての人間にとって必要ですよね。

 もちろん全ての人にとって大事ですよ。人間には約60兆の細胞がありますが、その一つ一つの細胞にミネラルが必要なんです。
 ところが、今ミネラルが不足しているんです。もともと陸地にあったミネラルは雨が降るたびに海に流れ込んでしまい、植物が吸収する十分なミネラルが陸地に残っていないわけです。当然農作物を食べる人間も十分なミネラルがとれませんから、そうするとぬちまーすを食べるしかないわけです(笑)。

−ミネラルが果たす役割は大きそうですね。

 沖縄は長寿ということで知られていますが、その理由は何かというと、これは実は台風がくるからなんです。
 プランターで野菜を作りますよね。ミネラルを豊富に含んだいい土を与えると最初はそのミネラルを十分に吸収したいい野菜ができるわけです。ところが、水をやるたびにプランターにあったミネラルはどんどん流れだしてしまい、10年もしたらなにもなくなってしまう。そしてそこに窒素、リン酸系の化学肥料を加えて野菜を作ると、ミネラルのない野菜ができるわけです。この野菜をいくら食べても健康にはならないですよね。
 ところが、沖縄の場合は海に流れ込んだミネラルを台風が戻してくれる。実際台風が過ぎた後には車などによく塩がついています。そのくらいミネラルを含んだ海の水が陸地に吹き上げられるわけです。
 僕はこうしたことを10年ほど前に沖縄台風長寿論という形でまとめました。それまで何で沖縄が長寿なのかということをきちんと説明できた人はいなかったんです。

−そうすると海に面していて台風が来る地域は、みな長寿なんですか。

 ところが台風が来る地域はたくさんあって、例えばクリミア半島などがありますが、沖縄だけが長寿なんです。何が違うかというとミネラルを含んだ地元のものを食べるかどうかなんです。
 例えばクリミア半島では地元で作るより、もっと安く作れる内陸部の野菜を食べて、ミネラルを多く含んだ地元のものを食べないから長寿にならないわけです。沖縄でも、最近は安いものが県外からどんどん入ってきてそれを食べるようになったら以前のように長寿ではなくなってきましたね。
 このように地形の問題が絡むんですね。だから台風長寿論ではなくて沖縄台風長寿論なんです。

「ぬちまーす」の成分

−台風以外に長寿につながるものはありますか。

 もちろん、世界には台風が来なくても、長寿のところはあります。もともとミネラルが豊富にあるところですね。実は岩というのはミネラルの塊です。岩がつぶれて土になって畑にミネラルが存在するわけです。岩がたくさんあるところというと山脈ですね。ロッキー山脈やヒマラヤ山脈といった高い山脈に雪が積もり、これが春になって雪解け水になって、一緒にミネラルを溶かして、麓に運んでくるわけです。このミネラルが長寿を維持しているわけです。すべてミネラルなんです。
 こうしたミネラルを供給する山脈が重要なのですが、実はこれといった山脈が存在しない地域があるんですね。アフリカなのです。アフリカ全体をとらえた場合、台風はないし、山脈はないし、一億年たったプランターのようにミネラルがすっかり抜けてしまっている。そういった意味ではもはや人が住めるところではないわけです。ミネラルがないから羊水が作れない。だから赤ん坊や幼児の死亡率も非常に高いわけです。

−確かにアフリカでは乳幼児の死亡率が高いですね。

 別のたとえをしますとニワトリというのは、庭にいるからニワトリというわけですが、実際に庭で飼われているニワトリなんてもういないですよね。だから、スーパーなどで売っているのは正確にはニワトリの卵ではないんですね(笑)。昔は庭にいてミネラルの入った庭の土を食べていたわけだけれど、今のニワトリは、コンクリートの上で飼われていて、土など食べる機会はないですよね。
 最近、地鶏といいますが、これは地面の上で飼われている鶏なんだと僕は解釈しているんですが、これは卵にミネラルが入っているということになりますよね。今は、本来のニワトリが地鶏ということになってしまっているわけですよね。実際、今の鶏の卵は半分しか孵化しないんです。これは羊水を作るのに必要なミネラルを摂れていないからなんです。それくらいミネラルは大事なんですよ(笑)。

−現代人はなかなか普段の生活からミネラルは摂れないですよね。

 ぬちまーすからしか取れないわけですね。そういう風に考えると、このぬちまーすは世界の人類を救うと思いませんか(笑)。
 今は、野菜自体がミネラルを含んでいないわけですから、実際に他から取ろうと思ってもなかなかないわけです。
 昔は違ったんですね。昔は必ず堆肥を作っていましたよね。草や木を基にした堆肥を畑にまくということは、ミネラルを畑に戻しながら野菜を作っていたということなんですね。だからミネラルが入ったいい野菜ができたんです。
 焼畑農業というのもありますよ。あれは土地をほうっておいて木をはやしておくと、木というのは地中に根を張って、土の中のミネラルを幹の方に集めるんです。この木を焼くことによって幹にあったミネラルが灰になって地表にばらまかれるんです。ただ熱帯雨林だから、雨がたくさん降って5年もすればまたミネラルがなくなって野菜が育たなくなる。そうすると今度は隣の土地を焼くわけです。つまり焼畑農業というのは、地中のミネラルを地表にばらまく作業なんですね。科学が発達していないところでは、焼畑農業をするしかなかったわけです。ところが人間は文明を発達させて、農薬と化学肥料でミネラルはないけれども見た目だけは同じ野菜を作り食べるようになったわけです。

父親の影響で発明家を目指す

−ここで少し社長のご経歴を披露していただけますか。子供のころから発明家になりたいという夢を持っておられたということですが。

 僕の親父はすごく酒飲みだったんですよ(笑)。小学校の1年生から4年生ごろまで、毎日のように酒を飲む時の話相手をさせられました。親父は酔ってくるといつも同じ話になるわけです。一休さんとか、エジソンとか沖縄では頓知で有名なモーイ親方とか、そして最後には湯川秀樹の話になるんです。僕は1947年生まれで、湯川秀樹がノーベル賞をもらったのが1949年ですから、親父から聞かされていたころは、10年もたっていなかった頃ですね。
 親父は日本みたいな貧乏国でも、世界一になれるのは理論物理学の世界だとよく言っていましたね。親父自身が小学校しか出ていなくて、そういった面では苦労しましたら勉強も大事なんだという話も良く聞きましたね。そんな話を毎日聞いていましたから4年生になるころには物理学者、発明家になろうと思っていましたね。ただ、頭がいい方でもなかったから大変だったわけですよ(笑)。
 それでも中学校頃から理数系の成績がよくなってきて、高校では理系に進んで、大学は琉球大の物理学科を出ました。ここで発明の基礎を学んだわけです。発明は4年生の時に始めて60歳を超えた今でも続けていますよ。

−父親の話から影響を受けたわけですね。

 実は4年生の時に家で電気の実験をしてたんです。ジュール熱の実験ですね。 その頃はまだヒューズで、ヒューズというのは負荷がかかりすぎると外れるんですが、どこの家でも昔はタコ足配線がすごくて、いちいち切れると面倒だから外れないように銅線で巻くというようなことをやっていたんですよ。だから僕が実験した時もヒューズは飛ばずに、しまいには電線から煙が出て、屋根裏が燃えだしたんです(笑)。
 その煙を見て親父が飛んできて、それで何とか火事にならなくて済んだんですが、僕が何をしていたのか知ると親父は一言も僕を叱らなかったんです。もしその時に親父に叱られていたらおそらく僕は物理学科にもいかなかったろうし、今のようにいろいろな発明もしなかっただろうと思いますね。

−お父様には確固たるお考えがあったわけですね。

 そうだと思いますね。僕は他に何も出来るものがないんですよ(笑)。英語もだめ、国語も音楽も体育もだめで、本当に物理と数学しかできなかったから、そっちに行くしかなかったんです。大学院にいくかどうか悩んだ時に、実は英語、暗記モノが苦手で、それで航空会社に就職したほどです。
 ところがぬちまーすを食べていると頭がものすごく良くなってくるんですよ。僕の場合はそれを食べ始めてから4年目に感じて、実際に埼玉大学の先生に頼んで調べてもらったんです。そうしたら、頭が良くなるということが証明されたんです。

ぬちまーすが脳を活性化させる

−それは具体的にはどのように証明されたんですか。

 これはネズミで調べたんです。電灯がついたり、消えたりする部屋があってその中に空腹状態のネズミを置いておくわけです。一匹はぬちまーすを与えたネズミで、もう一匹は普通の塩を与えたネズミです。そして電灯がついている時にそこにあるスイッチを押すと餌が落ちてきて、電灯が消えている時にはスイッチを押してもなにも落ちてこないという仕組みにしておくんです。
 そうすると普通の塩を与えているネズミはスイッチを押して餌が落ちてきた時、電灯がついていたか消えていたかまで覚えきらないわけです。だからいつまでもただやみくもにスイッチを押すんです。ところがぬちまーすを食べているネズミは、スイッチを押して餌が落ちてきた時には電灯がついていたということを覚えているわけです。だから餌を食べたい時には電灯が付いている時にスイッチを押すようになってくるんです。だんだんとそういうふうに行動する確率が高くなってくるんです。これは餌とスイッチと電灯と3つのことを同時に考えられるということなんですね。それに対して普通の塩しか与えていないネズミは餌とスイッチの2つしか同時に考えることはできないんですね。これは決定的な差です。
 僕の場合も、もともと暗記は苦手だったんですが、今では20桁の数字を1分見れば覚えます。よくあるようにゴロ合わせで覚えるわけではありませんよ。カラオケの歌詞も一回見れば十分です(笑)。これは本当ですよ。

−記憶力が上がったということですが、その他にも効果があるのですか。

 頭が良くなるというのは、その人が何をしなくても、頭が考えてくれるということなんです。例えば僕は全然酒を飲まないのですが、ある時酒造会社の研究員と話をする機会があって、古酒というのは600年前から今と同じ方法で作っている話を聞いたんです。
   その時に僕は、驚いて少しは工夫したらどうかと言ったんです。今、600年前と同じ方法でアメリカに行く人はいない、今に合った方法があるじゃないかと。そうしたらその人は先輩の社員もその人もそんなことは考えたこともないと言うんです。そこで話は終わったんです。
 ところが2日後に脳が僕の持っている今までの知識を全部チェックしてくれて、これは僕は一切意識してないわけですが、ぱっと突然ひらめいたんです。つぼの中が見えて、どこで古酒になるかが見えたんです。そして、こうしてやれば1分でできる機械を作れるよと教えてくれたんです。
 2日間、脳のニューロンを行ったり来たりしていたのはミネラルなんです。例えば日本中に倉庫がたくさんあって、いろんな知識があるとしましょうか。汽車でいかないとデータはなかなか効果的に集められないわけですが、実はその汽車の働きをして、実際に脳の中のデータを集めて回るのはミネラルなんです。
 僕は世界一ぬちまーすを食べているから(笑)、無意識のうちに脳がチェックして答えを教えてくれるということも起こるわけです。

−夜寝ている間に問題に対する解決方法を見つけ出すというのとは違うんですね。

 そういうときは意識しているわけですね。そこが違う。この場合、意識しているということで強いて挙げれば、酒造会社の社員と話をしたときに「少しは工夫したらどうなの」といったくらいですからね。
 ちなみに、このひらめいた方法というのは、特許も取りました。今では、ずっと簡単な方法で同じ味を作り出すことに成功していますよ。
 脳の知識はいくらあってもそれだけではダメで、それを組み立てるのはミネラルということですね。

「人類を救う」という強い想いで起業

−すごい効果ですね。私も帰りに買っていきます(笑)。ところで実際に起業された経緯というのはどのようなものだったのでしょうか。

 平成9年の1月4日付の新聞で4月1日から塩の製造が自由化されるという記事を読んで、本当にぱっと頭の中でぬちまーすが出来たんです。僕は4年生の時から発明家、物理学者になろうとずっとやってきて、大学時代も生命の誕生と進化をずっと勉強していましたので、基礎はできていたわけです。それでひらめいたわけですが、すぐにこれだと思い、2月には特許の申請を行い、3月にはベンチャーを起こしました。その時にあったのはこの発明が人類を救うという強い思いでしたね。

一般的な塩の製法(自然塩も含む) 瞬間空中結晶製塩法(ぬちまーす)

−当時はなにをやられていたのですか。

 すでに航空会社を辞めていて、栽培方法の特許を取って洋ランの栽培をしていました。ランを栽培する温室は、夏などはとても暑くなって、細霧冷房という方法で温度を下げるんです。ところがその霧の粒が大きすぎると、蒸発しないで下に降りてきて花や葉につくことがあるんです。それが太陽熱で温められると100度近くまでなって、花や葉を痛めるわけです。そんなものでは役に立ちませんよね。そこで僕は平成8年には全ての霧が確実に気化するような細かい霧を作る機械を作ったんです。
 平成9年の塩の自由化の時の記事を見た時には、この機械に水の代わりに海水を入れたらいいというイメージがぱっと見えたんです。うまくできるんじゃないかではなく、うまくいくのが見えたんです。ある意味で当たり前のことで、それだけの話です。

−それで洋ランの方はやめられたんですか。

 最初はこの温室を効果的に冷やす機械を売り出そうかと思っていたんですが、当時はバブルが崩壊して、ランの価格が値崩れしていたということもあったんです。大体1000円くらいのものが300円くらいになっていたでしょうか。そういうこともあって当初はランの栽培を続けたかったのですが、思い切ってやめて、温室から花を出してそこで塩を作り始めたんです。

赤字の連続も、共感した様々な人の想いで乗り切る

−最初は資金繰りにも苦労されて、なかなか世間ではみとめられなかったということですね。

 僕はこれこそが人類、世界を救うものだと固く信じていましたから、1月に思いついて、3月にはべンチャーを作ったほどだったんですが、最初はみんなにバカにされましたね(笑)。1年くらいは銀行や、商工会へ行っていろいろと金策を練ったわけです。ところが全然金を貸してくれないわけです(笑)。
 本当は最初からここの施設のようなものを作りたかったので、8億円ほど借りようと銀行に行ったんですが、そうしたら、「担保はありますか」と言われて「ありません」と言ってそのまま帰ってきた(笑)。1年たっても金策がつかなかったので温室から花を出してそこに工場を作ったんです。車を一台買えば、海水を汲みに行けますからね。
 ところが毎年2000万円赤字なんです。どこにもない技術ですから、何をするにしても一から自分で作らなければならなかったわけです。
 売上については平成9年に会社を作って平成10年の5月から売り出したんですが、その年で大体150万円くらい売りました。翌年が約1500万円、次が5000万円、その後が1億、1億5千万と売り上げは伸びていきました。

−どのくらいで銀行は貸してくれるようになったんですか。5000万円あたりから態度が変わってきたりしなかったんですか。

 そのあたりでは全然です(笑)。実は2年目以降も7年間、毎年8億円貸してくれと銀行に行って、そして毎年判で押したように「担保はありますか」と聞かれて「ありません」と言って帰ってきたんです。要するに毎年2000万円の赤字ですから5000万円売り上げている時は、7000万円使っているわけです。
 装置にも費用がかかりましたし、他にも温室だから、台風が来れば簡単に壊れるわけですね。台風には、2回やられましたね。そんなことをしているうちに、国のものづくり関係の賞などをいろいろともらうようになって、ヨーロッパでも認められるようになって、やっと8年目になって初めて公庫が作った工場を担保にすることで4億円ほど貸してくれたんです。
 実はその時点で1億6000万円の累積赤字だったんですが、それでも倒産しなかったんですよ。普通では考えられないですよね。

−それは支えてくれた人がいたということですか。

 はい。例えば高校の時の同級生が一人100万円で、合計1000万円持ってきてくれた。それから近所の友達も1000万円もってきてくれた。別の友達は1500万円持ってきてくれた。
 やはり、ぬちまーすで人類を救いたいという僕の夢を応援してくれたんだと思います。僕の高校の同級生の1人は、そんなでっかい夢があるなら100万円くらい喜んで出す。失敗したらすっぱりあきらめようと言って出してくれた。そうしたおかげでなんとか会社を維持することができました。
 地元の人以外にもお金を出してくれた人はいますよ。徳島に河野メリクロンという会社があって、ラン科のシンビジウムを栽培してる会社なんですが、ここの社長がたまたま僕がテレビに出ているのを見て、飛んできてラン友じゃないかと(笑)、金が必要になったら協力するからと言ってくれて、実際に台風で被害があった時に支援してくれた。2回しか会ったことがないのにですよ。

−本当に人と人とのつながりなんですね。

 しかもその人が、寒天、ゲル化剤メーカーの伊那食品工業の塚越会長を紹介してくれたんです。伊那食品工業というのは「日本でいちばん大切にしたい会社」としても有名な会社ですね。その塚越会長が1億6千万の赤字を消すために、増資したらどうかとアドバイスをしてくれて、自らも増資に応じてくれたんです。他にもコーヒーの会社ですがブルックスという会社もありますが、そこの社長が出資してくれるといったんです。ところがその社長は自分が出資したら、自分が筆頭株主になって、あなたが困るだろうと。だったらあなた個人にも貸すから、それであなたの名義で追加出資したらどうですかとそこまで言うんですよ。

−普通はなかなかそこまでいかないですよね。人脈づくりの秘訣というのはどのあたりにあるんですか。

 自分でもよくわからない部分があるけれど、最初の河野さんは僕のテレビを見て、それで来てくれた。そして実際に僕と会って話して、出資してくれた。それだけでなくあの有名な経営者である伊那食品工業の会長を僕に紹介してくれた。
 それからこのブルックスを紹介してくれたのは、矢野経済研究所の特別顧問の矢野弾という先生なんです。ブルックスの社長は矢野先生を尊敬していて、尊敬する先生が紹介してくれる人だから確かだろうということで出資してくれたんです。普通は出資を頼む時は何年後にこれだけもうかりますよと言う話をしますよね。僕は一切そういう話はしないんです。これは人類を救う塩ですとしかいわない。ただしこれは今振り返ってみての話ですよ。
 結局、それぞれの方が、ぬちまーすをいいものだと評価してくれたのが、僕らにとって幸運だったのだと思います。僕の言うことを信じて、ぬちまーすが人類を救うと思ってくれたのだと思いますね。

−社長の人類を救う塩を作り続ける考え、夢が伝わり皆さんがこれだったらということで共感されたということですよね。ところで会社自体はそうした皆さんの応援、力添えもあって8年目くらいからだんだん良くなってきたわけですね。

 そうです。その後公庫からの融資などで、2年かけて10年目にこの施設「ぬちうなー」(命の庭)を完成させたんです。ここが完成してもちろん台風の被害もなくなりましたし、ぬちまーすを使ったいろいろな商品もここにきてから商品化したんです。何より格段に信用が増しましたね。

ぬちうなー:関連商品の販売 目の前の青い海からぬちまーすが生まれる


☆★☆★ ☆★☆★ 後編につづく ☆★☆★ ☆★☆★