コンパス通信=臨時号=
コンパス通信=臨時号= Vol.4 2009.07.21
発行/編集 全国商工会連合会 http://www.shokokai.or.jp/

「昭和の香りを残す街に懐かしさと新しさが溢れる」

高畠昭和縁結び通り商店街・高畠町商工会

 山形県高畠町、「まほろばの里」として知られたこのまちには、懐かしいセピア色の昭和の面影を色濃く残した一角がある。さまざまな昭和30年代に出会える高畠昭和縁結び通り商店街には、昔を懐かしむ人と新鮮な驚きを感じる人が今日も出会い、新しいものが生み出されていく。

高畠昭和縁結び通り振興会
古川専務理事

まほろばの里・高畠町

 高畠町は山形県の南東に位置する町で人口は約2万6千人。人口は、近年はほぼ横ばいだが、高齢化は進んでいる。奥羽山脈に発した屋代川、和田川の扇状地に開けた町で、1万2千年以上前から人が住みついていたことが確認されている。豊かな地味を生かした、米、洋ナシ(ラ・フランス)、ブドウ、サクランボ、りんごなどの生産が盛んなほか、製造業、商業・サービス業も盛んでバランス良く産業が発達している。
 美しい自然や名所・史跡にも恵まれているが、中でも犬を祀った犬の宮と猫を祀った猫の宮はユニークで、この二つの宮が同時にあるのは日本では高畠以外には存在しない。
 一方、中小商業者を取り巻く環境は幹線道路、新幹線の整備による町外への消費の流失や、大型店やコンビニエンスストアの進出による競争の激化により非常に厳しいものになっている。

商店街の活性化昭和の香る味な街づくり/花のある街からスタート

 高畠における商店街の活性化の代表的なものとしては、高畠昭和縁結び通り商店街における活動があるが、取り組みの歴史は古い。
 スタートは平成4年、この年に行われた「べにばな国体」が契機になっている。国体が開催中、町中が花で飾られ、商店街の雰囲気もみちがえるほど変わった。そのため国体終了後もそれ継続していこうという動きがおこった。翌年には「中央通り花と緑の会」が結成されプランターでの花の植栽が行われ、それに合わせるようにそれまでのプラスチックやトタンの看板を撤去して統一した木製の看板が作られた。さらに平成8年には「美しい商店街づくり支援事業」の指定を受けて、プランターが花壇に変わりカラー舗装も行われた。その後も、地元が生んだ童話作家浜田広介の作品を題材にした高畠石のモニュメントなども作られ、平成13年にはすべての街灯46基をTMO事業で新しくするなど、商店街の整備は着々と進んだ。

昭和30年代の創出をテーマに

 一方で、商店街の活性化を進めるメンバーの頭を悩ましていたのは、他所との明確な差別化だった。
 そのためにまず明確なビジョンを作ることが必要だった。手始めに各地の商店街のビジョンを取りよせ、分析してみると共通して「中心商店街というのは地域の歴史と文化を感じられる街」と位置付けられていることがわかった。
 それを受けて長い高畠の歴史の中で一番なじみ深い時代はどこかという議論を重ねたところ、それは昭和30年代ではないだろうかという結論に至り、新たにビジョンとして昭和30年代の街づくりをテーマにすることが決められた。
 この時点では具体的に何をするかは決まっていなかったが、平成7年に県の事業で昭和グラフィティというイベントがあり、古い写真や当時の日常生活用品を展示したコーナーが人気だった。これにヒントを得て昭和30年代の資料館を作ろうということになった。他の地域の成功事例も積極的に取り入れた。
 高畠昭和縁結び通り商店街は約1キロの長さに店が点在しており、1か所に資料館を作ると各店への波及効果が弱い。各店を回ってもらうというやり方は東京墨田区の「小さな博物館」を参考にしている。各店の資料館は昭和ミニ資料館ということで統一し、それ以外には、つくりや展示には決まりはなくショーウィンドウを利用するなど各店の工夫に任せている。
 資料館を作った最大の狙いは顧客と会話をするための仕掛けということだ。高畠でも、平成4年頃までは顧客が多くてゆっくり話などしてはいられないという状況だったが、平成7年以降は大型店も増えて状況は一変した。

「今はものを売ってそれで終わりという時代ではない。まず店の中に滞留する時間を長くすること。これまでは商店街にお年寄りがゆっくりできる場所がなかった。ただ長年の経験からいうとお茶を出すだけではだめで何か話題になるようなものがあることが必要。昭和30年代の生活用品があれば話がはずむし、一方お客さんも見学に来ておしゃべりしてお茶をごちそうになるだけでは逆に気苦労を感じてしまう。そこでコーヒー一杯、お菓子がいくらだといった商売としての仕掛けも必要になる。ただの交流の場で終わるのか商売としてうまくいくのかどうか、実際にそういう仕掛けができている店はうまくいっている」
(高畠昭和縁結び通り振興会 古川専務理事談)

スタートは地元の顧客とのコミュニケーションの場づくりだったが、マスコミに取り上げられるようになってだんだんと、外部からも人が訪れるようになった。ちなみに世の中で本格的な昭和ブームを迎えるのはこの後のことでブームを先取りしたような形だった。平成16年には高畠中央通りを現在の高畠昭和縁結び通りに名称変更し、その後も一貫して昭和30年代の創出と物語性のある地域づくりを目標に取り組み現在にいたっている。

「クラッシックカーレビューin高畠」と朝市

 定期的なイベントも行っている。代表的なものとしては日本クラッシックカー協会の東北大会という位置付けで隔年で開催される「クラッシックカーレビューin高畠」がある。商工会の主催で3つの商店街を会場にして、さまざまなコンクールやイベントなどもあり、2008年の前回大会には関東や静岡からの参加も含め162台のクラッシックカーが参加した。目玉となるパレードは大変な盛り上がりで、今や町を挙げてのイベントに成長した。
 土曜日の午前中には地元の農家と組んで朝市も行っている。朝市で集客して、そのまま資料館を回ってもらうのが狙いだ。朝市については出店する人にとっての学びの場にもなるという思わぬ効果も生み出している。 「小さな商店というのは社員教育というものがない。朝市でほかの店の人と一緒になるといい刺激を受ける。試作品を出して意見を聴くこともできる。ここで売れるものが各店の定番商品になることも多い。」
(高畠昭和縁結び通り振興会 古川専務理事談)


映画ポスターが貼られた3号館と


クラシックカーレビューの仕掛け人 高橋さん

ミニ資料館を呼び水として商売につなげる

 ミニ資料館を呼び水としてうまく商売につなげた事例としては、2号館と6号館のそば屋の事例がある。視察に来た人がせっかく山形に来たのだからそばを食べたいということがしばしばあって、最初はよそを紹介していたのだが考えてみるとそれもばかばかしくなって自分のところでそば屋を始めたという事例だ。資料館を通して自分の店の特色を出せると商圏も広がる。今では宮城、福島、あるいは関東からも車でお客さんが来店する。同様に映画のポスターを展示している3号館も展示スペースと喫茶の部分を広げて客数が伸びた。共通しているのは、今までの物品販売に飽き足らず、何かを工夫しプラスすることで新しいビジネスを生みだしているということだ。商売に通じる仕掛けづくりに各店でどう取り組むかということに尽きるようだ。

未来に向けてのリピーターづくり

 昭和ミニ資料館が有名になり、高畠を初めて訪れるという人も増えた。中でも、学校の行事などで高畠を訪れる子供たちが増え、事務局では、高畠でいい思い出を作ってもらって、リピーターとなって戻って来てもらえればと期待している。町も商店街も小中学生等の受け入れに熱心だ。町内にそうした受け入れ施設が2か所ある他、商店などにも分宿が可能だ。今年も6月から9月までは宮城や千葉などからの受け入れの予定がびっしりだ。
 他にも東京都墨田区との間の子供の交流は20年以上続いており、学校の休みの時期には交互に双方の子供たちが訪れる。
 時間がかかるが、「自分の田舎は高畠だ」と高畠に愛着を持つ人を増やす取り組みが着実に行われている。いずれはそうした人達を外部の人的ネットワークとして生かすことも決して夢ではないだろう。その時、地域の中で果たしてきた役割と外に向けて発信し続けたことが一つになって、また新しい何かがきっと生まれるはずだ。

取り組みへの温度差が課題

 当初、最初1号館から6号館でスタートしたミニ資料館も、今や18店舗が参加するまでに至った。しかし一方で課題も出てきている。最大の課題は「お客さんは増えたけど売り上げにつながらない」ということだ。その一番の理由はブランド化、特色が十分に打ち出されていないということ。 「ナショナルブランドの商品が中心で。もっと自分のところの特色を出したものに強化していかないと。」と事務局も危機感を募らす。
 ブランド化が遅れているのは各店の温度差も大きな原因だ。新しく商品開発をしているところはお客さんが来て成果が生まれている、やっていないところはどんどん置いて行かれる。その差は広がるばかりだ。それでもミニ資料館に参加する店が増えている間は活気があったが、物理的な理由などから頭打ちになるとそれが一層顕著になってきたと事務局では分析している。
 古川専務理事は次のように語ってくれた。 「20年近くやってきたが、最終的には個々の店の対応に頼らざるを得ないところに商店街の弱点があると思う。リーダーシップを取っている人が頑張っているうちはいいけれども、年をとり引退すると続かない。やはり継続が難しい。理想からいえば、個々の店がそれぞれ頑張っていて、その上でリーダーになる人が通りとしての統一ブランドづくり、PRに取り組んでいければうまくいくと思う。都会と違い地方では店の数が少ないので個々の店の頑張りが一層重要だ。」

可能性を広げるワン券・ニャン券

マンガと雑誌が並ぶ6号館

 高畠では昭和30年代の街づくりの他にもユニークな地域振興の取組が行われている。
 商業協同組合が発行するワン券、ニャン券という商品券が商工会員事業所を中心に広く使われている。このうちワン券については1985年から発行されているが、これは80年代に吉里吉里王国に端を発した各地の王国建国ブームがあり、高畠ではまほろば王国が建国され、その時に王国内で使えるお金ということで発行されたものだ。(まほろば王国では商工会が国会議事堂、山形第一信用組合が国立銀行とされた)
 通常の商品券は一回の使いきりで流通はしないが、ワン券、ニャン券の場合は銀行で換金できて、銀行から再び流通し何回も使用されるのが特徴だ。この点では地域通貨に近い。
 山形第一信用組合の本店が運営に全面的に協力しており、窓口で無料で両替(換金、発行)してくれる。商店は受け取ったワン券を信組に持参して1ワン=1円で預金することもできる。また加盟商店での使用の際はおつりも支払われる。発行券の種類は当初は1000円、500円、100円の3種類だったが、使い勝手を考え100円券を廃止して1000円券と500円券の2つにリニューアルした。その際、遊び心もいれて1000円券をワン券、500円券をニャン券にした。
 平成14年に「地域通貨による中心市街地活性化策モデル策定事業」のモデル地区の指定を受け、翌15年には総務省から許可を取り、2ヶ月間の流通実験事業を行い流通経路等を研究した。人から人へ何回転くらい流通するのか調べたところ、約2.5回であることがわかった。同組合ではその結果をもとにワン券、二ャン券の流通に力を入れ、行政、地元企業の協力もあり、小売店はもとより、飲食屋やガソリンスタンド、行政の委員会等の謝金、イベント等景品にまで使用されるまでになった。さらに今年の1月には町民税、固定資産税、水道料金などの支払いができるようになり飛躍的に利便性が向上した。
 現在は700万円ほどが流通しているが、買い物でおつりも出るし、納税もできる。極めて現金に近く便利であるということから、事務局ではやり方次第でまだまだ流通量を増やせるとみている。そのためには例えば病院など新たに使える場所を増やし、使い勝手を良くすると同時に、地域内だけでは限界があるので外部に広げていくことも考えている。具体的には観光協会で高畠のファンクラブをつくろうという動きがあるので、それにあわせ外部の人にもニャン券、ワン券を使ってもらえないかと計画している。一方で今後気をつけなくてはいけないとこととして偽造への対応があげられる。まだ被害の報告はないが特殊印刷を施し簡単に複製できないようにしている。

懐かしい茶の間5号館

行政等との協力関係

 実際に様々な地域活性化を効率的に進めるためには地域が一つにまとまる必要がある。商工会では以前から行政、観光協会とともに協議会を作り、様々な事業推進のための協力体制を構築してきた。祭りやイベントなど人手がかかるものについても人手を融通しあっている。例えばクラッシックレビューは、人口と同じくらいの人が集まるが、もちろんお店の人は自分の店の接客で忙しい。運営は行政、商工会、観光協会の方で人手を出して行っている。
 一方で意外なことに地元のつながりは希薄だ。これは地元の人々には、自分の勤めている会社など身近な情報は別として、なかなか幅広い地域全体の情報が伝わらないことが原因だ。そのため社会教育などを通して様々な形で地域の中に溶け込ませるということにも取り組んでいる。

今後の展開/犬の宮、猫の宮を活かす

 今後様々な地域活性化、ビジネスの手段として期待されているのが、犬の宮と猫の宮だ。現在は空前のペットブームであり、一つの地域に犬の宮、猫の宮の両方を持つ意味は大きい。実際、毎年7月に行われるペット供養祭には数百人の参拝客が訪れる。今後はこうした地域資源を積極的に活用することが必要だ。
 商店街でもすでに小学生から公募した犬と猫をあしらったロゴマークを作っているが、さらなる一層の関連ビジネスの開拓を目指している。実際に試験的におこなった展示会では予想以上の反響があり、今後もペット供養祭などにからめて犬猫グッズを開発できれば、充分ビジネスとして差別化ができると自信を深めている。

最後に

 「商工会があったからここまでこられた。行政と住民が直接やってもうまくいかない。行政は担当者が代わるし縦割りの部分もある。商工会が我々のやりたいことや、意見をとりまとめ、行政へうまく伝えてくれている。逆にいえば都会ではNGOなど他にも調整してくれる機関があるが地域には商工会しかないので、商工会がしっかりしないと何も進んでいかない。いずれにせよコーディネーターの役割をどううまく果たしていくかがカギだ。
 ローカル都市では以前と同じような商店街という感覚でいるといつまでたっても発展しない、スウェーデンなど北欧の国のように町全体が公園化されて、その中に喫茶店や店があるというのがいいと思う。これからは、広域化といっても無理に集約するのではなく、コンパクトに力のあるエリアごとにそれぞれが楽しいものを作り出したらいいのではないか。」
(高畠昭和縁結び通り振興会 古川専務理事談)

 取材を通じて強く感じたのは高畠にはまだまだ生かし切れていない地域資源も多いということだ。もちろんそれをどう生かしていくかは、地域の人たちの創意とやる気次第だが、最終的にビジネスとして成功させるには、事業全体を見ることのできるコーディネーターとしての存在が不可欠だ。これまで以上にそうした役割が商工会に強く求められていることは間違いない。

高畠昭和縁結び通り商店街のロゴマーク


(取材・文責「コンパス通信」編集部)