Vol.11 2008.03.07
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/

有限会社 新福青果   代表取締役 新福 秀秋

「新しい農業の形、地域産業体の創出を目指して、我この道をゆく」/後編


産業間連携が新しい地域の産業体を創る

―現在の農業にはいろいろと問題があるようですが、それを解決するため仕組みとして産業間の連携があるわけですね。

 事業として農業の一番弱いところは、通年供給能力・安定供給能力、それと品質管理なのです。そうした問題輪を解決し事業化を進めるために他産業との連携があったのです。新連携という言葉が以前にありましたが、新連携というとこのあたりでは即、それが農商工連携ということになります。
 連携するということは、一方通行ではなくお互いの利益にもなります。地域の経営資源は各産業がそれぞれ資源として持っていて、私もある程度は農業資源を持っているわけです。そう考えるとたくさんの事業体、経営資源があるわけですね。大小はあるにしてもその地域の特色のある経営資源をあわせてやりませんかということです。
 農業も規模が大きくなると扱っているものが違っても、事業、経営者ということでは一緒です。集まって一緒にやれば、それぞれの役割分担もできるしシーズとニーズの融合もできる。こうして集まったのが平成15年からですね。この集まりには機械メーカー.も食品会社も入っています。今後農業にはこうした機械メーカーや食品会社の技術、その他のいろいろな技術が間違いなく必要になってきます。そのための連携ですね。
 この集まりを私は農業のフランチャイズチェーン化として捉えています。昭和50年代、60年代には小売店がどんどん衰退していきましたが、これはコンビニや量販店に駆逐されていったわけですね。今、農業現場では同じようなことが起こっていて、農業は駆逐されて衰退しているわけです。何で衰退したかというと、各々の経営資源の管理ができていなかったということなのです。だったらここにコンビニの成功スタイル、経営利益をキチンと考えていくやりかたをもってきたらどうかと。学び導入することが、単独では難しいなら、経営課題をそれぞれが持ち寄って全体で考えたらいいわけです。これが農業のフランチャイズ化の狙いなのです。

−新しい産業の仕組みづくりということでは社長はいろいろなところで6次産業化という言葉を使われていますね。

 6次産業という言葉自体は語呂合わせです。既存の1次産業から3次産業までの1から3までの数を全て足しても、かけても6になるということですね(笑)。
 新しい地域連携産業体を作るのが私の考える6次産業化です。農業者だったら駄目だとか、物流業者、工業者、金融業者はだめというのではなくて、産業間の垣根をとりはらって、全ての産業が参加できる形、6次産業化は今までにない新しい視点で運営する生産、加工の流通の形、さらには消費までも含めた地域を活かせる産業体なのです。ここではお互いの役割分担がきちんとされています。それにくらべると、これまでの農業は連携どころか自給自足の世界だったわけです。

―様々なことに挑戦をされていますが、加工場もありますね。

 はい、なぜ加工場を作らなければいけなかったということですね。基本的には全部売れればごみは出ませんが、それでも農産物ですからやっぱり規格外品というものが出るのですね。企業としての利益を考えた場合、捨てればごみ、活かせば資源という観点からいけば、せっかく手間ひまも人件費もかけたのにちょっと形が悪かったり、傷物だったりというだけで売れないというのはもったいないということなのです。そこで12,3年程前から最初は専門の技術者がいませんから見よう見まねで加工をはじめたわけです。これが今では一つの事業部として、カットや冷凍できる設備も備えて様々な加工を行っています。もちろん連携することによっていろいろと外部の力をお借りしています。

ミニ野菜

規模の拡大、環境への対応、そして国際化とブランドづくり

―現状の課題とこれからについてお聞かせください

 この辺の平均的な農業経営規模が1.8ヘクタール。うちは90ヘクタールありますが、平均的なフランスの農家の2戸分でしかなく、私からすれば90ヘクタールといってもまだまた恥ずかしい、悔しいと感じる広さでしかないのです。アメリカの平均的な農業経営規模か170ヘクタール前後、何とかその規模まで持っていき同じ土俵にのりたいのですが、現状はまだ程遠いという印象です。一歩でもそこに近づくために企業としては人材、資金、販売先の3つをセットにして事業を進めていくことがますます重要だと考えています。
 農業生産法人は農地法上、上場はできないのですが、気持ち的には10年ほどで積極的に人材も育て、投資もして、上場できるような農業主体の企業を作り上げたいと考えています。ただし今は規模拡大に備えて新福青果の中の問題を解決しなければならない時期、エネルギーを蓄えて悪いところを直す時期で、ホップ、ステップ、ジャンプのジャンプまではまだまだ行かないという段階ですね。
 しかし一方では、農業というのはどちらかといえば取り残された産業で、逆にいえばそれがチャンスにもなる。今はチャンスだとも捉えています。
 小さな企業というのは発展過程では誰かが馬鹿をやってでも引っ張っていかなければいかない。5年後、10年後にあの社長があの時馬鹿をやっていたのは実はこういう狙いがあったのかと結果的にプラスの方になっていけばいいと思います。

―何か具体的な新しい試みはありますか。

 先ほど農業の工業化という話がありましたが、うちは既にその逆をいっています。他の産業に新たな可能性を気づかせるための提案を農業という立場から行うということですね。
 4年前から毎年2000万円ほど投入して第二の柱となる事業の立ち上げを目指しています。この地域には活かしきれていない資源がいっぱいあります。具体的には遊休農地、耕作放棄地ですね。こうしたものを活かす手段をいろいろと考えているところです。
 また、環境に優しいカーボンニュートラル(二酸化炭素の増減に影響を与えない性質のこと)を使った商品の開発を進めています。有限な鉱物資源に対して、植物というのは時期が来れば毎年芽が出て、種を作りますから、循環の中で再生可能な資源となりうるわけです。
 それから大分県が農業誘致をしていますので、大分県に進出しようと考えています。これは大手量販店も農産物卸も老舗の漬物メーカーも、配送業者も入っている新しい産業おこしのプロジェクトなんですが、これに出資するわけです。これにより戦略的にうちの弱いところ、人材、販売先、資金といったところが早く補強補完できるではないかと考えています。ホップ、ステップ、ジャンプするためにいろいろと考えているところです(笑)。

―これからというテーマにからめてお伺いします。日本の農業は国際的には競争力がないといわれていますが、どうお考えですか

 6年前にフランスの会社が、おでんセットを私のところの原料を使って売りだしたらものすごく反響がありました。反響が大きくて別のところからも欲しいといわれたほどです。日本の農産物というのは充分国際競争力があると思いますよ。
 ただし、悔しいことに農業者は販売チャンネルの構築の仕方も品質管理、ISOなども全然分からない、うちの場合もトレーサビリティも含めた生産管理はできていたのですが、生産から加工、製造の工程に移るときに、品質管理の責任者もいないし、大腸菌検査などの検査をおこなうきちんとした施設もなかった。フランスに輸出するにはここまでやらなければならないのかと。そうすると自前でやるより、地元の商工業者の知恵を拝借した方が良いわけですね。これが農商工業連携なんですね。連携することによって、品質も守れますし安定供給も可能になってきますから、国際的に展開することも充分できるわけです。
 うちでは4年前に香港との取引が始まり、最初は週1回でしたが今は週2回に増えています。これは品質や安定供給に関する信用が増した結果です。去年からは台湾も始まっています。そのほか、タイ、シンガポールからも商談が来ています。高級デパート向けで博多港からにんじん、ごぼう、さといも、きゃべつ、加工品などを出荷していますが、品質管理のために物流業者も参加してもらって物流にICタグをつけています。これは都城の生産地から現地のデパートまでの品質を保証し、流通経路も保存状態などもすべて確認できるということですね。なおかつ生産現場では農薬はこういう理由からこういう種類のものを使っているということも確認いただける。国際化という分野は厳しいといわれていますが、きちんと品質を管理できれば逆にここにもチャンスはあると思います。

QRコードが付いた野菜

―ブランド作り、発信はできているのでしようか。

 うまくいってないと思いますね。なぜかというと農業分野におけるこれまでのブランドというのは上から、行政が作ったブランドなのです。ブランドを作る流れが逆なのです。生産者自らが意識改革をして、ブランドを作るということをしっかり認識して作ったものだったらどんどん伸びますよ。後は構造的な問題ですね。農家というのはどうしても経営規模が小さい。そういう時間的、資金的、人的余裕がないということですね。そうするとせめて例えばうちみたいなところに基本情報だけ出していただければ、うちと情報を共有できますから、ブランド作りに必要な消費情報も得られるわけですね。
 日本の農産物流通の持つ問題もあります。日本では、見栄え、形だけで値段が決められていて、極端に言えば中身はどうでもよかった。見栄えイコール値段だったわけですね。例えばマンゴ−は、斑点が一つあったら価格が下がる要因になり駄目なのです(笑)。しかし本質からいえばニンジンにしても品質というのは見栄えではなくて中身ですよね。海外ではそれが常識です。品質がなんたるかを履き違えているわけです。
 何も難しいことはなくて本質からいけばいいわけです。最近になって日本でもやっと見栄えではなくて中身が評価されるようになってきています。世の中間違った方向に走っていてもそれを変えよう、軌道修正しようというエネルギーは持っているわけです。農業でもそれは同じですね。いずれにしてもブランド作りもこうした考えの延長にあると思います。
 作ればどんどん売れた時代から、今は総個性化時代ですよ。「あなただけのために」というのがこれからの農産物のキーワードだと思います。それが付加価値だと思います。私が育ってきた時代とちょっと違うと思いますが、そこは若い人の感性の出番です。私の経験に若い社員の感性や考え方を加味するといろいろなこともできると思います。
 ただし、いくらいいものをつくっても経営が成り立たなければ継続できないわけです。これからの農業はまず生き残ることを考えていく必要があると思いますね。

経験と勘をデータ化し共有・継承する

―少子高齢化が進み、農業現場でも後継者問題があるということですが

 私は、「カンピュータ」のコンピュータ化と言っています。以前親父に経験として農業を覚えるのは何年くらいかかると聞いたことがありましたが、そうすると親父は一生かかるかなと答えました。一生かかるんだったらこれはやりきれんなと(笑)
 うちには法人化以降、若い子がどんどん入ってきまして、現在、グループ全体で76名の社員がいます。東京、大阪、広島などから入ってきて、みんな経験はほとんどありません。そうすると一般企業と一緒ですから、会社の考え方や流通、商品などのノウハウを1、2年で覚えさせなくてはならない。そのためには、技能や経験と言ったものを数値化して共有できるシステムを作る必要があったわけです。これまでの農業にはそういったシステムがなかった。農業技術というものがありますが、私に言わせると勘、「カンピュータ」でなんです。
 8年前ほどに当時75歳過ぎの農業の名人がいて、この人は同じ面積でうちの倍ぐらいニンジンをつくるのですね。おそらく60年くらいの経験があったと思いますが、この人に教えを請いにいったら、全部教えてもらう前に亡くなってしまった。すごく悔しい思いをしました。その人の持っていた60年の経験と技術は一緒に天国に持っていかれて、完全に失われてしまったわけです。こうしたことが起こらないようにするために「カンピュータ」のコンピュータ化は始まったのです。
 もう一つ例を挙げましょう。以前やはり親父に人参を蒔くのは何時がいいのかと聞いたことがありました。するとこれは親父のカンピュータなのですが、土をつかんで崩れるか崩れないかのタイミングで発芽率が最大になるというわけです。しかし、そもそも若い人と親父では握力も違うし、人それぞれで手の感触も違います。これも数値化しろと。数値化することで素人でも分かりやすく経験を共有化することができる。これが技術の継承、事業の承継なのですね。
 農業者が持っているのは知的財産ではなくて地域資源です。今まで農業界はこうした地域資源を地域に残していく取り組みを全然やってこなかったし、実際にはできなかった。企業農業では、データ化することでそれができるわけです。ですから企業農業には本当に一杯財産があるのですよ。

地域への想い、夢を追って我が道を行く

−読者へのメッセージあるいはエールをお願いします。

 目標も分からずにただ意欲と熱意だけがある人もいるけれど、創業するにしても、創業の途中でも一番大切なのは意欲と熱意だと思います。
 経営者になると不安があります。誰でもあります。もちろん私にもあります。そのなかで唯一分かっていることはとにかく生き残りたい、発展したいということです。そこに問題、課題もみえてくる。
 私が好きな言葉、不安になるときいつも思い出す詩があります。それは武者小路実篤の「この道より我を生かす道なし、この道を歩く。」という詩です。何か壁にぶち当たった時にこの詩を思い起こします。そうすると、これは自分で決めた道だからこれしかない。迷う必要はないじゃないか。天職だからこの道をゆこうと思えるわけです。私も親父に馬鹿だといわれたけれど、自分で農業という道を選んだわけですから、子供たちにもすすむ道についてはあれこれと強制はしません、もちろんこちらから跡を継げともいわない。選択権はそれぞれにあるわけですからね。自分たちの人生だから自分で選び自分の力で道を切り開いていって欲しいと思います。
 今でも不安はあるけれど、途中でそれを放り出したくはないですね。自分で選んだ道だからこそ完成させたいと思っています。そのためには、ない中でも、知恵と汗を出していかなければならない。それができなくなるときは辞表を出すしかないわけです(笑)。

−インタビューを通して地域への想いが伝わってきましたが

 ここには、経営資源のなかでも一番大切な土地がありますし、これまでも地域にいかされてきた、今でもいかされているという思いは当然あります。だから地域に対しては強い責任を感じていますし、ここでの夢もあるからなんとか守り続けていきたいと思っています。もちろん強い愛情もあります。
 周りの農地では高齢化が進み、跡継ぎもいないからどんどん農地が余ってきている。農家は減っても地域は残る、畑は残る、田んぼが残る。それを活かさせていただくのが私の役目だし責任でもあります。たまたまその手段が野菜だということだけであって、事業が起こり、人手がないから地域の人たちが社員やパートという形でうちを支えてくれている。
 地域に返す方法は地域を発展させることなのですね。そのためには雇用を創出し、安定させ、できればよその産業よりも働く人たちの所得を増やしていくことも大事なことだと考えています。
 これからのことを考えて県外からも農業に興味をもつ人を受け入れる研修制度もつくりました。6年間で巣立った人間が40人ぐらい、今は東京や大阪からも受け入れています。就農予定者が多いのですが一部上場企業の社員も2人います。この2人は会社に戻ったら農産物仕入れのバイヤーになると聞いています。これも広い意味での仲間作り、ご縁なのですね。こうしたことがどんどん広がっていくことが、地域を発展させる上で大切なことだと思います。

研修風景

−最後に商工会についてご意見、ご要望等がありましたらお願いします。

 商工会は地域のよりどころになるような組織作りをしなければならないと思います。設立目的など変わらないものはあるにしても、10年前、20年前の旧態依然とした商工会のままではいけないのも確かだと思います。私は10年前に商工会に入れないかと聞いたことがあるのですが、そのときには農業者は商工会には入れませんという答えだったのですね。もちろん今は違います。
 しかし、まだお互いに接点が少ない。関係が密になったら新しい連携のしくみやアイデアが出てくると思います。
 これからは新しい地域連携産業体を作るのが商工会の役割だと思います。それは私たちのめざす6次産業化でもあるわけです。全ての産業が参加できる新しい産業体の創出に力を貸していただきたいと考えています。

−お忙しい中、本日はどうもありがとうございました。

(平成20年1月11日インタビュー収録:文責コンパス通信編集部)