Vol.04 2007.8.09
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/

株式会社 山辰組 代表取締役 馬渕和三

『「溢れ出るアイデアの秘訣は素人で
常にワクワクしながら仕事に向かい合うこと」』
/前編


最初はビジネスではなかった


−御社は環境保全関連分野で次々と商品を出されていますが、もともとそうした分野に取り組まれるきっかけというのはどういったことだったのでしょうか。

 きっかけは平成3年になりますが、営業回りしているときに、役所の知り合いの方、この人は渓流釣りの好きな方なんですが、その人から「このごろ渓流釣りに山奥に入っても全然釣れなくなった」という話を聞きました。 「どうしてなんですか、ひょっとしたら腕が落ちたんですか(笑)」と聞いたら、そうではなくて魚の住処となっていた川の中の巨石が庭石としてどんどん持ち出されてしまって、その結果、川の流れが単調になって魚が休んだり、餌になる生き物が棲む淀みがなくなってしまうということだったんです。
 それなら、巨石代わりにコンクリートのテトラポットでも沈めればいいんじゃないかと言ったんですが、表面にコンクリートが露出しているブロックの場合、沈めたあと何年かは、表面からアルカリ分が流れ出して生物がなじまないと言われたんです。
 そこで、近隣の春日村というところに君が代発祥の地がありますが、その詞にあるさざれ石と同じようなものが人工的にできないかと考えたんです。表面全体を玉石で覆った巨石を造り川に沈めたらいいんじゃないかという話をしたんですが。「それは良いかも知れない。でも、そんなブロックどうしたら造れる?」実際にはその時点では、アイデアレベルで話は終わってしまったんです。
 その年は工事の受注が少なくて、4月から夏になる頃まで本当に暇だったものですから(笑)、仕事が無くて困ったなと思いながらも、こんな暇な時しか作れないと思い、夏になって手の空いている社員と一緒に資材置き場に行って、それまで頭の中で描いていた、全表面を玉石で覆った人工さざれ石を試しに作ってみたのです。色々と試行錯誤がありましたが、土の中に埋めて製作するという大胆な発想でほぼ考えていた通りに仕上がって、その大小4個の試作品をとりあえず近くの川に沈めて様子を見ることにしました。
 肝心なのは実際に魚が寄って来て魚巣になるかどうかですから、それから毎日、海パンをはいて水中ビデオを片手に観察に通いました。すぐ横の県道は一般者の通行もあるため、当然知人にも見られていたわけですね。こんな私の姿を見て「ここんとこ毎日川に潜ってなにやっとるの?」って聞かれました。私は「この巨石に魚が付くのを観察しとるんですよ。」。知人は「フーン」と言う程度でしたね。環境保全という気運はそれほど低かったんですね。そして1週間ほど経った頃、いつものように近づいたら巨石のところから黒い影がいっせいに逃げるのが見えて、「おっ!」と思いました。巨石の近くで暫らくジッとしていると、巨石の周りにどんどん魚が集まってきて、いよいよ、これはモノになるんじゃないかと直感しました。その後も魚の様々な映像をビデオに収めるためにさらに通いましたが、苦労の甲斐があって最終的には、巨石の周りで大小様々な大きさの魚たちが休むことができる魚巣効果が現れている映像を撮影することができました。その製品の目的とする効果を、実際に映像で見てもらうことが、まさに「百聞は一見にしかず」で説得力がありますからね。
 ただ商品化できるとは思いましたが、最初はビジネスとして新分野に進出するといったことは考えてなかったですね。ただ、こうした自然環境保全の問題については、当時、社会全体にもほんの少しですが関心が出始めていましたので、私も環境破壊産業といわれる建設関連で、環境保護について何か出来ないかと考えていました。新分野へのビジネス参入と言われたのは、何年もあとから「新分野」とか「異業種参入」と言う言葉がでてきてからですね。

−最初はビジネスとしていうよりも、社会奉仕に近いものとしてとらえていたわけですね。そのあと取り組まれたことについて少し時系列的にご紹介ください。

  魚の棲む場所を「魚巣」と言うのですが、それを人工ブロックとして造ったので魚巣ブロックという事になります。自然石の玉石を全表面に固めたことによってコンクリート面が露出しないので、非常に早く魚がなじむということがわかったものですから、その結果を、そもそもの話があった役所の人のところに持っていきました。そうしたら「こんな短期間に魚が周りに寄ってくるのか」と、とても驚かれました。色んな所へ持って回って、こんなに良いものが出来ましたと説明させてもらったものです。当時、新しいモノを採用するということは、ある意味非常に勇気がいることですから,皆さん褒めてはくれるんですけどもなかなか使ってもらえなかったですね(笑)。いろいろ決まりもあるし、やむを得ないことではあるのですが、ちょっと残念だった思いがありました。今から思えば無我夢中というか自画自賛というか、今のように研究結果的な製品のデータを作成するなどということが必要であることも知らずに提案して歩いていたんですね。
 そうこうしているうちに2年ぐらい経ち、その間、様々な工夫したり改良を進めていたのですが、国土交通省の外郭団体に「河川環境管理財団」というところがあるんですけど、当時の名古屋の所長さんが環境保全に熱心な方で、効果が期待できるのでということで採用していただきました。発注機関の場合、上級官庁で採用実績があると信頼感が高まり安心して採用していただけるという傾向がありましたので、それからおかげさまで県市町村でも使っていただける機関が少しずつ増えていきました。販売するには製品名が必要ですのでブロックの名前を「自然石魚巣ブロック」と命名しました。


基本は自然を忠実に再現すること


−このあたりから、いろいろな商品が増えてくるわけですが、どういった経緯があったのですか。

 その当時、岐阜県で「魚場造成工事」事業が行われていまして、こちらでも多くの自然石ブロック使っていただきました。もちろんこれも最初の現場で魚が魚巣として棲み付いて増えていく様子をビデオにとって報告しましたので、その効果を確認して採用していただいたのですけど。そうすると自然石は河川環境保全の素材として適しているという話になり、同じように自然石を使用した護岸ブロックはできないかと言う話を頂きました。これは大小様々な自然石を長方形のブロックの表面に張り付ければ良いわけですね。そうして出来上がったものは並べ易く、施工期間も短くて施工業者さんにも喜ばれましたし、何よりも自然石の凹凸が接合部分の目地をうまく隠すので、見た感じの景観が自然の川原に近いものになり、発注者や周辺の利用者の方にも大変喜んでいただけました。河川の自然石護岸がうまくいくと、今度は砂防の流路工の話をいただき、さらに魚道の話が出てきました。この頃になると発注機関の方も環境保全に熱心な方が増えてきて、これもできないか、あれもできないかと逆に皆様からヒントをもらっているような感じでしたね。
 無理なこともありましたが建設会社である当社に環境二次製品の話しをいただけるようになったことが嬉しく、「創意工夫たゆまぬ努力」が当社のモットーですので、期待に応えたいと一生懸命でしたね。

−魚道というと御社の環境保全関連分野における主力商品ですね。詳しくお話いただけますか。

 魚道を考案したのは、平成5年の12月末に国土交通省の木曽川上流河川事務所さんから「自然石を使った環境製品をいろいろやっているそうだが、魚道はできないか」と声をかけていただいたのが最初です。その年の年末に声をかけていただいて、年明けには提案してほしいといわれて、時間が無くどうしょうと思いながらも、嬉しくて正月中粘土をこねて模型を作っていた記憶があります。うちが提案したものは、それまでの魚道とはまったく違うもので、全体を扇形として、表面には大小様々な自然石が覆っている魚道でした。図面に描いて提案するだけよりも、立体的に見てもらった方がわかりやすいんじゃないかと考え、粘土で模型を作って提案したんです。後から、うちを入れて9社から提案があったと聞きましたが、最終的には「まったく新しい発想だが良さそうだ。」ということで、うちの提案を選んでいただきました。翌月の2月に着工し3月には完成しました。採用していただいたのは嬉しかったんですけど、頭の中で描いただけの魚道でもあり、本当に魚がのぼってくれるか不安で、この年3月から5月の始めまで、毎日弁当を持って魚道を観察に行きました。特に鮎の遡上というのは集団になって一気にのぼり、それを逃すとビデオ撮影ができないと聞いていましたのでいつもより力が入りました。
 既にお話したように私のやり方というのは、採用してもらったら、それが本当に効果があるのかどうかビデオに収めて報告するというやり方なのです。逆にいえば当社のものを採用していただいたら、そこまでする責任もあると考えるようになっていました。毎日魚道に。天気の良い日は気持ちが良いですが、雨の日も風の日もアユが上って来るのを待っているわけですから、しまいには漁業組合関係者の人も「ワシらより川に来とるね。」と冷やかされて、すっかり顔見知りになってしまいましたね(笑)。
 4月末に大量のアユが遡上してきました。ようやく魚道をたくましくのぼる鮎をビデオに収めることができたのですが、正直、私もはじめて見た光景で、安心感と一緒に本当に感動しました。魚道表面の大きな自然石の下流側には、遡上途中に休憩できる場所として窪みを設けていましたが、それぞれの窪みには真っ黒な塊となったアユの群れが休みながら魚道を通過して行きました。その画像を編集し、この魚道の特長などを図面や写真を含め、ナレーションを入れました。さすがにナレーションは、私の声より女性の声のほうが聞きやすいので、プロのアナウンサーにお願いしましたが。初めてのPRビデオを作り、あちこちで見せると、「これはすごい、うちも検討してみる。」と幾つものご採用をいただくことができました。やはり、「百聞は一見にしかず」ですね。

−従来にない魚道を作り上げたわけですが、どのようなコンセプトで作られたのでしょうか。

 私の住んでいるすぐ近くに根尾川という大きな川があります。小さい頃からずっとそこで遊んでいましたから、魚がどんなところをどんな風に泳いでいくのか、まさに目の当たりにしていました。うちの魚道についてはその時の体験から、魚が好む自然の川底を忠実に再現しているわけですが、もちろんそれだけではなく工夫も加えています。例えば魚道の一番大切な課題であった自然河川の流量の変化への対応ですね。それまでの旧来魚道は2m〜3m幅と狭く、段差部から下流側に突き出た形で設けてありました。これらを突出型魚道と言いますが、その下流端が魚の上り口となった形式のものがほとんどでした。広い川幅の中で、この狭い上り口に到達できずに通過した魚は、段差部の壁面に向かってジャンプを繰り返すことがこの魚道形式の課題となっていました。しかも流量は多くても駄目、少なくても駄目、一定の平水位でしか魚道として機能しなかったのです。
 これに対してうちの魚道は、全体として扇形形状としました。魚道の側面も含めて遡上経路としたことで180度に広がった上り口を備えました。この形状の特長を取り入れ「自然石パノラマ魚道」と命名しました。この形状により段差部に突当った魚は横方向に移動しながら遡上経路を探す習性があるため、迷うことなく魚道側面の上り口に到達できる魚道を通過することができるようになりました。また、自然河川の流量の変化に対応可能な魚道として工夫したことは、縦断(川の流れの)方向と横断方向の二つの勾配のうち、横断方向の勾配を急にして、基本的には横断方向に向かって水が流れるように工夫してあります。そのため流量が多いときは魚道の先端まで多様な流れが広がりますが、水が少ない時は横断方向へ水を集めるため、魚が上るために必要な水深が確保できる事となっています。この魚道は、後に中部地区発明協会賞を頂きました。
 魚道といっても設置される川によって当然、条件が違いますから、設置する箇所に合わせて、今ではいろいろな魚道シリーズを考案開発させていただいています。


・・・・・次号後半につづく・・・・・