Vol.49 2011.05.11
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/


座談会 まちづくり3法の効果を検証する

 地元商店街と大型店との共存を目指す「まちづくり3法」は、2006年の見直しから4年が経過した。しかし、地域や商店街をみてみると、当初の狙いとは異なり、商店街はますます生気をなくし、さらには買い物難民を発生させる問題を引き起こしている。改めて、まちづくり3法の背景を振り返りながら、今後のまちづくりに向けた効果的な取り組みを探る。

出席者

原田英生 流通経済大学経済学部教授
竹井清八 山梨県商工会連合会会長

司 会
寺田範雄 全国商工会連合会専務理事



寺田 まずは、ご経歴などの自己紹介と、お住まいの周辺地域のようすなどもご紹介いただければと思います。
竹井 私は、合併前の商工会時代から含めますと、18年間会長を務めています。甲斐市商工会は2005年4月に、竜王町、敷島町、双葉町の3商工会が合併し、新設されました。竜王町では稲作、双葉町では養蚕業が盛んで、商業地だったのは敷島町でした。30軒くらいの店が並ぶ商店街があり、近隣の町村から買い物客が訪れる町でしたが、今ではシャッター通りです。
原田 私は、埼玉県の旧・大宮市(現・さいたま市)で生まれ育ちました。今の大学がある茨城県龍ケ崎市に務めて30年近くなります。商工会地区ですね。昭和40年代末ごろからニュータウン形成を目指していまして、人口は増加しています。しかし、郊外に大型店があるので、旧来の商店街はシャッター通りです。地元の人が「バイパスを通るより、まちの中心を走ったほうが早い」というくらい、商店街は人通りのさみしい状態です。

原田英生教授

寺田 お二人の身近な商店街にも、厳しい現状があるようですね。今日のシャッター通り化した商店街がもたらされた背景としては、住民のライフスタイルの変化もあったと思いますが、規制や法律の変化が大きかったと感じます。その発端とも言える大規模小売店舗法(大店法)とは何だったのかということから、原田先生にお聞きしたいと思います。

百貨店法の廃止から大店法へ

原田 大店法についてお話しする前に、まずは百貨店法から振り返っていきたいと思います。わが国で百貨店法が成立したのが1937年です。一度廃止されるのですが、戦後の1956年にもう一度作られます。
 戦前と戦後の百貨店法の決定的な違いは、店舗での取り扱い商品の種類についての規制です。戦前は「売り場面積」と「衣食住に関する多種類の商品」が柱となる規制でしたが、戦後は「多種類の商品」という規制がなくなりました。ですので、本屋であっても一定の売り場面積があれば百貨店業とされ、開業には大臣の許可を必要としました。
 そうした中、百貨店法による売り場面積の規制を逆手にとった「擬似百貨店」が生まれてきました。売り場面積が1500u、または3000uを超えると百貨店法の規制がかかるので、フロアごとに登記を別会社にするという方法です。例えば1フロア1400uにして3階建てにすると、総面積は3000uを超えますが、フロアの登記は別法人ですから百貨店とはならず規制の対象外となるわけです。
 これによりさらに大型店や量販店の出店に加速がつきましたが、従来の百貨店はおもしろくないわけです。地域の商業者も擬似百貨店の地元への進出は脅威となります。両者のつきあげから百貨店法が廃止され、1978年秋に大店法が生まれることとなりました。

商業者の既得権が問題に外圧も加わり大店立地法が制定

竹井 当時の山梨県には、大型店といえば甲府の岡島百貨店と山交百貨店くらいしかありませんでした。新しく大型店を出店する場合は、商工会に設置された商業活動調整協議会(商調協)で、店舗面積、閉店時間などの法定4項目を調整するとともに、商工会への加入などの地域貢献活動への協力も得ることができました。また、山梨県では第1種大型店を出店する際には、地元小売店の店舗面積を50%確保するよう行政指導を行い、中小小売業の事業機会を確保する措置を行っていました。
 いずれにしても、大型店出店については、商工会がイニシアチブを握っていました。1980年代ごろは、商店街は元気で、イベントや行事で大いににぎわっていました。

竹井清八山梨県連会長

原田 その地元商業者の既得権が問題になったわけです。中には、初めは「出店反対」を掲げていても、お金が動けば解消される例も少なくありませんでした。大店法が本当に地域や消費者、日本経済のためにプラスになったかは定かではありません。
寺田 大店法は、商店街や建築業者に活況をもたらした反面、過剰な商業者保護の側面もあったということですね。こうした中、大店法廃止の流れへと向かっていくのですが、その背景を原田先生からお聞かせいただけますか。
原田 大店法廃止の背景には、1980年代末からの日本経済全体の規制緩和の流れと、アメリカからの圧力があります。貿易格差の是正を目的にした日米構造協議で、「アメリカの商品が日本で売れないのは大店法のせいだ」となったわけです。こうしたことをきっかけに、1991年に大店法が大幅に緩和され、輸入品売り場を設置する場合、その売り場には大店法をあてはめない特例措置がとられたりもしました。 しかし、こうした商業調整が問題視され始め、商業調整ではなく大型店周辺の生活環境を保全する目的で、1998年に「大規模小売店舗立地法」(大店立地法)が誕生しました。

2000年以降、大型店の容積率が低下 広大な駐車場を備えた店舗が増加

寺田 大店立地法への切り替えに伴って、中心市街地の空洞化を是正するための「中心市街地活性化法」ができ、都市計画法でのゾーニングによって大型店の出店を調整しようとスタートしたまちづくり3法は、2006年の改正などもありながら現在まで来たわけですが、どのような問題があるとお考えですか?
原田 まず都市計画法が問題で、都市計画区域に定められている区域は、日本の約26%しかありません。74%はほぼ自由な開発が可能です。さらに都市計画区域のうち、12%は非線引き白地区域(開発が原則自由)、10%が市街化調整区域(20?haを超える大型開発は条件つきで可能)となっており、実質用途規制がかかっている区域はたったの4%程度なのです。
寺田 都市計画法による規制がほとんどないので、大店立地法だけが唯一の規制となっているということですね。大店立地法の規制についても、広大な駐車場と搬入道路の確保が整えば、大規模店を出店できます。車社会が形成される中、大型店のさらなる大型化が加速して、大型化競争につながっていくわけですね。
原田 そうですね。2000年代以降、大型店の容積率(敷地面積に占める建築延べ面積)は低下現象にあります。容積率100%以下の施設は1970年代は8%程度でしたが、今や36%にものぼっています。つまり、平屋で膨大な駐車場を要する施設がどんどん増えているということです。
 この問題に関して一番大きな原因は、農業者の土地の売買・賃貸です。1反(約1000u)における年間収入が、農業だと約6万9000円であるのに対して、大型店への賃貸であれば約180万〜360万円の収入となります。多少税金がかかったとしても大型店に土地を提供する方が何十倍の収入になりますから、そちらを選ぶのは当然です。

大型店とともに地域貢献を目指す

竹井 甲斐市の周辺には1500u以上の大型店は14軒もあり、最大規模の施設は2万8000uです。どの店舗も、車で10分程度で行ける距離に建てられていますが、問題は県外資本の店舗を中心に商工会に加入しないなど、まちづくりに主体的に関わる姿勢が薄れている点にあります。
 こうした現状に対処するため、山梨県の商工会連合会と商工会議所、中央会の3団体で県に陳情した結果、2009年12月に地域貢献活動の対象面積を3000uに引き下げることなどを内容とする「大規模集客施設等の立地に関する基本方針」の改正が行われました。
寺田 山梨県などのように、自治体による大型店出店への規制強化の動きが各地で見られるようになりました。地域の実情に立ったまちづくり支援は、商工会の重要な貢献活動になってくると思います。
竹井 従来の商店街には、生鮮食品や生活用品などの販売を通して、売れる売れないとは別に地域を支える役割がありました。しかし残念ながら、大型店に押されて後継ぎもいない商店街の店は櫛の歯が抜けたような状態です。
寺田 商店街も大型店も含めた新しいまちづくりが求められています。3月11日に東日本を襲った東日本大震災では、町が跡形もなく消失したところもあり、また首都圏では計画停電によってさまざまな影響が出ています。これからは被災地の復興も含めて、セキュリティや防災対策も備えた社会の形成が必要になってくるはずです。原田先生は、どのようなまちづくりが必要だと考えますか?

寺田範雄全国連専務理事

住民生活の豊かさを実現できる独自のまちづくりを編み出すこと

原田 まちづくりについて考えると、2006年に改正された中心市街地活性化法には大きな問題があると思います。「選択と集中」という考え方が取り入れられたわけですが、これは補助金政策とすれば当然ですが、本来まちづくりは補助金頼みでは続きません。
 アメリカでは、全国チェーンの商店と地域の中小商店を比べて、どちらが中心のまちづくりが地域コミュニティの形成に効果的かを検証するソーシャル・キャピタルの調査・研究が進んでいます。2000年代から活発になってきたのですが、地元経済への波及効果や住民生活の豊かさは、地域の中小商店を中心としたまちづくりの方が効果が高いという結果が出ています。 こうした研究を、日本ももっと行うべきでしょう。
竹井 確かに、よりよいまちを実現するために自力で立ち向かうことが大切です。その基礎となるまちの方向性や指針、将来への展望といった道筋は、国や地方自治体がしっかり示していくことが重要です。
 山梨県連では、2010年度に国の補正予算で買い物弱者対策の補助事業をさっそく受けました。甲府市内で高齢化の進んでいる地域の小売店が、中堅スーパーから仕入れ調達や販売管理、販促活動などの支援を受けるといったものです。今後、商工会でも、宅配サービスや引き売り、デマンド交通による医療機関や商店街への運行サービス、また、ケーブルテレビの双方向通信の活用など、医療、福祉、買い物需要を満たすことができるシステム構築により、新しいまちづくりを目指していきたいと思っています。
原田 アメリカのまちづくりでは、“パートナーシップ”が鍵を握ると言われています。その中でも最も重要だとされている関係が「パブリック・パブリック・パートナーシップ(公公連携)」です。日本でいえば、国、都道府県、市町村という縦の関係と、近隣の自治体との横の関係、そして、役所内の部や課を超えた内部での協調・協力関係の3つがあります。これらがうまく機能していかないと、まちづくりは難しいのです。
 日本では、こうした地域のリーダーの役割を、商工会や商工会議所といった経済団体に率先して担っていただきたいと思っています。地域の実情や特性と折り合いをつけながら、より豊かなまちづくりを進めていってほしいと思います。


* 詳しくは月刊「Shokokai」5月号をご覧下さい。