Vol.11 2008.03.07
発行/編集 全国商工会連合会
http://www.shokokai.or.jp/

座談会「円滑な事業承継に向けて」

出席者

城所弘明 城所総合会計事務所所長(公認会計士・税理士)
千原一條 有限会社八雲石油代表取締役
中野健一 有限会社クリーニング大洋社長

司会 星野厚志 全国商工会連合会企業支援部長



星野  平成二十年度の中小企業関係予算と税制改正では「事業承継」が目玉となっています。本日は、事業を承継した若手経営者にその体験談を語ってもらうとともに、中小企業庁発行の『事業承継ガイドライン20問20答』に制作協力された城所弘明先生に専門的立場から助言をいただき、これから事業承継を迎えようとしている方々の一助にしたいと思います。まず出席の皆さんの自己紹介をお願いします。
千原  昨年九月、島根県の松江市八雲町で石油販売業を行う有限会社八雲石油を三七歳で引き継ぎました。学校卒業と同時に入社しまして、引き継ぐ前は三つある店舗のうちの一所長をしていました。前社長には息子さんが三人おられたのですが、皆さん継がないということでしたので、私が継ぐことになりました。
中野  鹿児島県の出水市でクリーニング業の有限会社クリーニング大洋を営んでいます。三七歳です。父が始めたのが昭和四十五年の三月で、私が生まれる少し前でした。平成三年に法人化し、十五年三月から経営を引き継ぎました。
城所 公認会計士、税理士、行政書士の城所です。中小企業基盤整備機構「事業承継支援・相談対応マニュアル作成検討委員会」の委員をしております。また、ある県の商工会連合会の経営改善アドバイザーもさせていただいております。

 

城所弘明所長

星野 千原さんは従業員からの承継、中野さんは親族内承継と形は違いますが、お二人が引き継ぐことになった経緯をお話しください。
千原 事業承継のお話があった時、私自身が経営者としてやっていけるのか心配でしたし、怖いという気持ちもありました。受けるにあたって自信があったわけではないというのが本音です。
 親族でもなく、第三者みたいな私が引き継ぐのですし、社員の中には私の上司の人もおりましたし、口に表せないほど悩みましたが、チャンスをいただいたという思いから、やってやろうという気持ちになったのです。

 

千原一條さん

好きな仕事を一筋に(千原) 嫌いだった家業を継ぐ(中野)

中野 父はクリーニング店に住み込みで働いていまして、中学に通いながら夕方以降に配達するなどして働いたそうです。そんな経験からか、私が小学一年生の時から父の配達に付き合わされました。それが嫌で嫌でたまりませんでしたから、高校のころはよそにアルバイトに行っていました。
 四人兄弟で、男は弟と二人でした。継ぐ気がなかったので、私は福岡のコンピュータ関係の学校に入り、弟は東京のクリーニング専門学校に入りました。その後、私は東京で働くようになりましたが、都会生活があまり好きではなかったのと、電話口で父がさみしそうな声を出すものですから、結局帰ることになりました。帰ってみたらそんなにさみしそうではなく、担がれた気持ちでした。
 弟は二年修業し、一人前になって帰ってまいりまして、同じ工場内で一緒に作業するようになりました。技術的に弟に劣っているところがありましたから、父は見かねてか、将来ののれん分けを考えてか、支店をつくり、弟を支店に送り出したのです。その時から、やらないといけないと思うようになったのです。もっとも、決意を新たにするようになったのは、もっと後でしたが。
星野 親族、従業員、取引先など、関係者の理解を得るために苦労されたのはどのようなことでしょうか。それをどのように乗り越えてきたのか、お聞かせください。
中野 平成六年のピーク時にクリーニング業界全体の売上は九四〇〇億円でしたが、現在は五〇〇〇億円を切ってしまっています。売上がどんどん落ちる厳しい局面にあり、私のところも十三年に給料が払えなくなるという事態に陥りました。そこで初めて商工会に相談に行き、エキスパートバンクを活用して立て直しを図ることになりました。決算書を送ったところ、このままではまずいから従業員を整理しろと言われました。
 その後、中小企業診断士が来社して、社内の人間同士で面と向かっては言いにくいでしょうから、私がいる間に人員整理を言いなさいと言われました。私はその場にいることができませんでした。それを社員に告げるのが、親父の最後の仕事になったのだと思います。父が一緒にやろうと集めた人を、自らの口で辞めてくれと言うのですから、相当辛いものがあったと思います。

 

中野健一さん

人のつながりの大切さを前社長に学ぶ

星野 中野さんは今の仕事の経験がないまま、千原さんは実績をもとに経営を引き継がれたわけで、この面でも好対照ですが、千原さんはお客さんや従業員にどのように接しているのですか。
千原 学校を出て会社に入り、仕事面でも地域の活動でもいろいろ行ってきましたので、地元の方に理解されているとのいささかの自負はありました。顧客との信頼関係も多少できていたと考えています。社長を仰せつかってまだ半年なので、さらに信頼を得るよういま勉強に必死になっているところです。
 前社長は人と人とのつながりを大切にする方で、従業員に対しては親父として接することを身をもって示して教えてくれましたので、それを受け継いで、従業員とは家族のように接していきたいなと思っています。
星野 城所先生、二人ともいろいろ努力をなさっていますが、後継社長が関係者の理解を得るためにはどうしていけばいいと思われますか。
城所 千原さんは事業を、中野さんの場合は事業と家を継いでいますね。事業承継でトラブルを起こさないためには、家族の理解を得ることが重要です。お元気なうちに、家族会議を行い、事業の後継ぎや家の相続について、きちっと話し合っておくことが大事です。「遺言なんて大げさな」と言いますが、専門家の立場で言うと、家族で話し合った結果を遺言書としてきちっとつくっておくことは、トラブルを起こさないコツなのです。
 従業員承継の場合、後々、血縁の息子が「父ちゃん、やっぱり事業を継ぎたい」と言い出すこともあります。そのような場合でも、きちんと合意書を作っておけば、事業承継のトラブルは回避できると思います。

先代とのケンカは当然。軌道修正して承継が成立する

星野 社員との関係も難しいのではありませんか。
城所 一番の問題は古参の社員をどう処遇するかということです。千原さんも上司だった社員がいたわけでしょう。上司は、理性では理解はできるのですが、感情的に納得できないことが結構あるものなのです。「なんであいつなの」というような感情を持つこともあるでしょう。中野さんのお父さんの素晴らしいことは、その交通整理をしたうえで息子さんに渡したことです。
 クリーニング業は大手が参入して、仕上がりのスピードや廉価を売り物にしてきているし、クレームも結構多く、事業そのものを時代に対応して変えていかないといけないのです。古参の従業員であればあるほど、変えることに抵抗がある。お父さんが一番嫌な役を演じてくれたんですよ。事業承継というのは、息子さんも大変ですが、オーナーも大変なんです。将来の禍根を残さないために、社内の交通整理をしておく必要があるのです。
 次に、金融機関の理解も得なくてはなりません。例えば、千原さんのケースでは、オーナーが借入の連帯保証をしていると思いますが、それを後継社長が受け継いでいかないといけません。さらに、社外のブレーンも必要です。仲の良い親子でもトラブルを起こすものです。仲たがいした時に、お母さんや兄弟が調整してくれることも大事ですが、第三者の立場でハッキリものを言ってくれるのは社外のブレーンです。商工会の経営指導員をブレーンとして活用するのもいいと思います。

商工会をトラブルの調整役に活用すべき

星野 株式など会社の資産を引き継ぐということは、相続が絡んでなかなかデリケートな問題です。城所先生、どのように備えたらいいのでしょうか。
城所 事業承継とは経営権が変わることで、会社の所有権を獲得しないと承継にはなりません。しかし、自社の株式の移転などは、なかなか後継者本人の口からは言えません。利害関係のない調整役は、事業承継に不可欠の存在です。商工会の経営指導員の中には結構ハッキリ言ってくれる人がいますから、調整役にしたらいいと思います。
星野 事業承継で悩んでいる方も大勢いると思います。その方々にアドバイスをお願いします。

 

星野厚志全国連企業支援部長

千原 従業員や周りの人に夢を与える気持ちで事業承継に対処すればいいと思います。
中野 増やす努力をするのがいいと思います。縮小、削減では明るい未来はありません。人を増やす努力、売上を増やす努力をすることです。減らす先に未来を感じることはできません。増やすことはとても大変で、リスクも伴います。でも、その先には「夢」もあるし、「未来」も語れるのです。
城所 「オーナーは渡すバトンに愛を込め、後継者は受けるバトンに感謝を込めて」ということです。互いにいろいろぶつかるでしょうが、夢の実現に向けて前向きに歩んでほしいと思います。

* 詳しくは月刊「Shokokai」3月号をご覧下さい。